頬に触れて溢れる涙を舐めとって
+選択肢+
「如何してここが分かったの?」
力なく壁に背を預ける犯罪者。
息は荒く肩を上下させながらも気強く目の前の男をを鋭い目つきで睨んでいる。
男は、至る所から血を流し上目遣いに見上げる瞳を見てその姿を扇情的だと感じてしまう。
「あなたの、気配を感じましたので」
「何それ」
くすくすという笑い声が冷たく暗い地下室へ響く。
男は無表情で少女を見下ろしている。
「すみません嘘です。ただ、あなたがここにいるような気がしたので」
ピクリと少女の方が震える。
男は少女へ静かに近づき、腰を屈めて目線を合わせた。
「プライドの高いあなたが、そんな姿で人に見つかる恐れのある場所にいるとは思えませんでした。
銃声の音がした場所から少し距離を置いた人目のつかない場所を適当に探しただけです」
少女は黙って男を見つめ返す。
そしてしばらくしてまたくすくすという笑い声が響く。
「そっか。で、これからどうするつもり?」
まるで挑むかのような笑みを含んだ少女の声。
男はしばらく悩むように少女の身体を見渡し、ふぅとため息をついた。
「……何よ」
少女の声が少し苛ついたような尖ったものへと変わる。
それを見て、今度は男が小さく笑った。
「あなたは」
男は手を少女の頬へとやりながら優しく笑みを浮かべる。
そして頬にこびりついた血とそれが流れる元となった傷に軽く触れた。
少女は顔をしかめながらも微動だにせず男の様子を伺う。
「あなたは、どうしたいですか」
「えっ……」
少女の顔に明らかな疑問の色が映った。
男は構わず少女の頬から唇へと指をなぞらせた。
「私には今いくつかの選択肢があります。
一つ目、敵方であるあなたを殺して私の雇い主にそれを報告して報酬を貰い受ける。
二つ目、このままあなたを置いてここから立ち去り、ここにあなたがいるということを伝え捕らえさせる。
そして三つ目は……あなたを助け今の雇い主を裏切り連れ帰る」
少女の目が見開かれる。
男の言葉が理解出来ないというように息を詰まらせた。
男は立ち上がり少女の隣へと移動した。
そして傷ついた手を足で軽く踏んだ。
少女の表情は変わらない。
「一つ目では単純に今あなたを殺す事になります。
いくら世界に名を馳せた殺し屋でも、その怪我では私にも難なく出来ることでしょう。
二つ目も簡単です。近くにいる兵にでもあなたの居場所を教えればいいのです。
その後あなたがどのような目に合うかは、ご想像のままに」
少女は黙り込んで鋭い目を男に向ける。
男は笑って少女の手に体重をかけた。
「くっ……」
「そして三つ目……あなたを介抱して安全なところへお連れして差し上げます。
もちろん、そのあとあなたを解放してやる気はありませんが」
少女の瞳の光が一際強くなる。
男はその瞳を見て嬉しそうに口の端を上げた。
「さあ、どうします? せっかくあなたに意見を聞いているのです。
当人の意思を尊重したいので答えてください」
「私は……」
少女は一度この部屋唯一の出入り口をチラと見て目を閉じた。
そしてゆっくりと開きながら答える。
「殺してください。すぐに私を」
意思のこもった瞳を男に向ける。
男の顔が無表情に戻る。
「あなたなら、そう答えるとは思っていました。しかし」
男は再び少女と目線を合わしその腕を、深い傷を負ったそれを強く掴んだ。
「私はあなたを手放すつもりはありません」
少女は男から視線をずらした。
そしてはぁとため息をつき投げやりな態度で口を開く。
「じゃあ早くしたいようにすればいいでしょう」
「たとえその通りにせずとも、あなたの意思だけは知っておきたかったので」
少女はまたため息をついて頭を垂れた。
男は微笑んで少女の傷口に愛おしむように口付ける。
(2006.05.06)